『時間都市』/J.G.バラード
『時間都市』【古書】
J.G.バラード:著/宇野利泰:訳/
東京創元社/文庫版
¥700-(税込)
またもJ.G.バラードですが、今回は短編集です。
1962年にアメリカで出された『BILLENIUM』(「至福一兆」)の翻訳です。
日本版は「Chronopolis」からとって『時間都市』となってます。
『時の声』に次ぐ2冊目の短編集です。
10個の短編が収録されています。
・至福一兆
人口過多により、一人当たりの居住スペースが4平方メートルと規定されている、凄まじい事情下で暮らす世界。アパートの壁の穴から、忘れ去られていた古い部屋を見つけた主人公は.......。
「まあ、そうなるよな」といったベタな展開ですが、絶妙な文章が面白いです。
この短編集の多くに共通する、過剰で重層的(バラードはよくバロック的なといった表現を使いますが、)な思考実験を最もシンプルに描いた、導入にふさわしい作品でした。
どの作品にもいえて(全作品読んだわけではないですが)、私がバラードを好きな理由でもありますが、滅入るテーマも、ややこしい心理学的な作品もシュルレアリスティックなテーマも、暴力をテーマにした後期の作品も、著者の平静で純粋な実験精神によって書かれていて、作品と著者の間にいい距離感があります。同時代の作家フィリップ・K・ディックと比べるとバラードの軽やかさが際立ちます。(PKDも好きです)
純粋に思考を楽しんでいるというような。ある意味もっとも科学的なんじゃないでしょうか。深刻になりすぎないところも読んでいて心地いいです。
(↓この写真も大好き。作品と著者との心地よい距離感がここにも現れてませんか)
・狂気の人たち
「世界統合政府の手で制定された精神自由法」により、精神療法が禁じられた世界。
「地球上は精神病院にかわりつつある。社会の半分は、あとの半分の者の苦悩をあざわらっているのだが、その大多数は、自分がどちらの部類に属しているのか、知ることもできないらしい。」
ラストはもう笑うしかない。(でも自分はどちら側かな?)
・アトリエ五号、星地区
架空の砂漠リゾート地、ヴァーミリオン・サンズを舞台にした作品。
バラードのデビュー作でもある「プリマ・ベラドンナ」もこのシリーズです。
もっともファンが多いのもこのシリーズみたいです。多くの派生小説やビジュアルを生みました。わたしも大好きです。
どことなく、50年代のハリウッド映画「サンセット大通り」や「去年の夏 突然に」を彷彿とさせます。
「ヴァーミリオン・サンズはわたしが喜んで住んでみたい場所といえる。むかし、わたしはこの明るすぎる砂漠のリゾートを、わたしの心のエキゾティックな郊外と呼んだことがある。
(略)ヴァーミリオン・サンズはどこにあるのか?おそらくその精神的な故郷はアリゾナとイパネマ・ビーチの中間のどこかにあるのだと思うが、うれしいことに、最近ではよそにもそれが出現しはじめたようだ(略)毎夏、全ヨーロッパがそこに寝そべって、背中を日に焼くのである。この姿勢は、いうまでもなくヴァーミリオン・サンズの特質であり、そして、未来の特質でもあってほしいと思う。それはたんにだれも働く必要がないということではなく、仕事が究極の遊びであり、遊びが究極の仕事だということである。」
(『ヴァーミリオン・サンズ』J.G.バラード/浅倉久志訳(早川書房)序文より)
心のエスケープに訪れたいヴァーミリオン・サンズ。はやく現実が追いついてほしい!
・静かな暗殺者
タイムトラベルもの。『ラ・ジュテ』的な。
自分の恋人が巻き込まれた爆破事件を未然に防ごうと、過去のロンドンにやってきた男の迎えた結末は...。
全然関係ないのかもしれませんが、コニー・ウィリスのオクスフォード大学史学部のタイムトラベルシリーズと『マーブルアーチの風』(まだ読んでないけど)ができたのもこれがきっかけなのでは?と妄想しきりでした。そういうこと考えている時間が一番楽しい。
・大建設
「場所は百万丁目、正午時の会話──」
という、素敵な書き出し。
無限大に続く建設空間。隙間のない都市で、主人公はある日見た夢から、飛行機械を作ることを思いつきます。そしてそれを飛ばす広大な自由空間がどこかにあるはずだと探し回り、「超特急」というなにやらどこまでも行きそうな列車に乗り込みます。
生物史博物館で飼育されている鳥たちは翼が退化して久しく、見渡す限りの空間はすべて建造物で埋め尽くされいて、もしかして空と呼べるものがもうないのかもしれません。
弐瓶勉の『BLAME!』、大好きなのですが、あの世界観にはこの短編が影響していてほしいなあと妄想を通り越して願望してます。『BLAME!』の霧亥が一巻で手にした本を読んで言う「大地ってなんだ?」が『大建設』の、翼で飛ぶ鳥を知らない主人公たちと重なります。(でも、この時持っている本はティプトリー・ジュニアなのでしょうけど)
「「博士はいつごろのことと考えているんだ?この連中が飛びまわっていた時代を」
「建設期以前とみている」フランツが答えた。「三億年も昔のことだ」」
あまり多くは語られない都市の構造や、膨大なスケール感は、語られないからこそ想像を掻き立てます。(とはいえ、もうちょっと都市の部分、読みたかった....)
・最後の秒読み
ノートに書いた通りに人が死ぬことに気づいた男。オチが秀逸で、短編らしい魅力があります。
・モビル
冒頭で思わせぶりに[mobile]についての紹介などをしておきながら、作中ひと言も出てこなかった(多分。2回読み返しましたけどなかったと思う)、とぼけた感じのブラックコメディ。脳内ではタイガー立石の漫画仕立て。
・時間都市
他のバラード作品での時間の扱い方と違って、よりストレートな時間の話でした。かつて人口が集中しすぎたロンドンが行った、職業別に時間を割り振った行動規制が限界を迎え、時計の存在を抹消した世界。時間を測ることから解放されてみたいと私も時々思います。
・プリマ・ベラドンナ
1956年に発表されたバラードの処女作。こちらも〈ヴァーミリオン・サンズ〉シリーズのひとつ。砂漠のリゾート、近代的な建築、美女、怪事件がお決まりのスタイルですが、最初の作品だからか、登場する美女の描写が他より丁寧です。
音響植物の中でも気難しいアラクニッド蘭をめぐる物語。あるいは蘭殺しをめぐる物語かも。
・時間の庭
この短編集の中でもっとも美しくてシュルレアリスティックな作品です。『結晶世界』の回でもいいましたが、時間の枯渇に抗う男女の物語。夢の中で感じる強迫観念みたいで、こういう感覚を文章にできるなんてすごいなと感動します。
ということで、全10編を振り返って好き勝手な感想を書きました。そろそろバラードは一旦お休みして他の本を読もうかと思います。
夏を惜しんでコカコーラと一緒にどうぞ。